2008年01月14日

政令市のチカラ〜序章「先人達の悲願、今こそ集大成へ!〜越中百万都市構想」

『 東京VS地方 』

2008年のキーワードとなるのではないでしょうか?
既に、数年前から景気感で大きな開きが出て来た訳で…。
東京には仕事がどんどん増えている
一方、地方からは仕事が減っている
人は、仕事のあるところで移動する
これは当然、経済の摂理
仕事のない都市からは人がいなくなる

その仕事は、東京に偏って集中している
後を追うように、5大都市圏には経済が回っている
しかし、大都市のない地方は厳しい状況に…。
これが極端となっているから対立を生み始めて来た

そんな中で、越中国『 富山県 』はどうなるのか?
今年は、正念場のように思う訳で…。

既に、富山県も他県同様に、財政難となっている
地方交付税が激減して、公共投資ができない
北陸新幹線建設も、地元負担が大きくやりくりが大変
そして、都市間競争による企業や人材の流出
大きな都市に、吸い取られるストロー現象もこれから大きくなる

『 人・物・金 』の流出

これにどう立ち向かうか!?
強い地方都市に生まれ変わらないとイケナイ

既に、新しい取り組みは始まっている
富山市の都市改造や高岡の文化都市化など、武器となる特徴に磨きを掛ける取り組み
都市間競争で存在感を示してゆく
全国区の都市へ
世界都市へ
これを着実に進める必要があるだろう
その為には、ある程度の基盤をもった大都市となる必要がある

『 越中における政令指定都市の実現! 』
『 越中がひとつにまとまる 』

これは小生の持論
そろそろ道筋をつけないとイケナイ段階となっている

この越中大都市待望論
小生の持論と言いながら、実際には多くの先人が語って来たことですよね

戦前から戦後に掛けては、富山の鉄道王『 佐伯宗義 』が考えていた…、

『 富山県一市街地化構想 』

富山市を中心に県内を鉄道網で一体化しようという、その当時では壮大なもの
鉄道を軸にした街づくり
今また注目されているテーマですが、実は戦前から考えられた話
これを実現するべく、佐伯氏は富山から宇奈月・立山へ
そして大沢野・高岡へと、鉄道網を広げて行った訳で…。
先人が築いた鉄道網は、いまの越中にとっては、未来へ繋がる貴重な財産となっている
そういった意味では、佐伯宗義の思いはまだ終わっていない

また、戦後になると…、
日本のメディア王となった、大門町出身の『 正力松太郎 』
昭和31年、富山から選出された衆議院議員時代に打ち出した…、

『 富山百万都市構想 』
『 富山県一市化構想 』

東京オリンピックも控えた高度成長時代
この時に、既に人口が東京に集中しはじめ、これを問題視して地方に大都市を分散しないとイケナイと主張された訳で…。
その形を示したのが、富山市と高岡市を軸に、周辺都市を合併した大都市の実現
日本海随一の百万近代都市構想
これを更に進めて、富山県全域を一市化することも検討すべきと…。
この考えは、それ以後いろんな機会で取りあげられるテーマとなっている

そして、富山県知事になった『 吉田実 』
国の施策となった新産業都市構想に名乗りを上げた
東京オリンピック開催の直前、昭和39年の4月に富山高岡新産都市計画が始まる
日本海随一の富山新港
日本海最大の太閤山団地
本格的な緑地公園の太閤山ランド
8号線バイバス
富山医科薬科大学の開学
実現はしなかったが、富山と高岡を結ぶ鉄路や臨海鉄道構想なども
まさに、富山と高岡を一体化させる取り組みが進んだ
その時にも計画を成功させるために、区域の市町村合併が必要と言う声も多く検討された
当初の区域エリアは12市町村(富山 ・高岡・新湊・大門・大島・下村・小杉・戸出・中田・呉羽・婦中・砺波)
もし実現していたら、60万を越える都市が誕生していた事となる
日本海側の勢力図は変わっていたかもしれない
しかし、合併構想は成立せず、富山高岡広域都市圏として計画的な都市整備として残ることに…。

その後も、この越中大都市構想は受け継がれる
1990年に、新湊射水経済懇話会が打ち出したのが…、

『 政令指定都市・日本海市構想 』

富山市・高岡を中心に13市町村合併(富山・高岡・新湊・小杉・大門・大島・下村・婦中・氷見・福岡・小矢部・大沢野・滑川)
人口が78万人の政令指定都市をつくろうというもの
都市の軸にモノレールと富山湾に24時間運用の海上空港建設も目指そうというものだった
しかし、残念ながら実現まで至らなかった

それから時は流れて、平成の大合併へ
富山県では、政令指定都市の実現を目指さずに、合併しやすい組み合わせを選択
富山市は人口40万になったが、大都市の仲間入りには程遠い
また、高岡市も中核市を目指したが、人口規模は変わらずに特例市にも程遠い
強い大都市の実現までには、まだまだハードルが高い状態
平成の大合併論議でも、各地で出て来たのは…、

「全県一市にできないのか…?」

という論議
射水でも氷見でも小矢部でも…。

東京と地方の格差が広がる現代
未来に越中が生き残る為には、思い切った取り組みが必要だ
先人が越中の将来を見据えて提唱してきた構想
これは、どれも同じ思い
それは、大局に向かい越中がひとつにまとまって立ち向かうこと

先人達が夢見た『 悲願の理想郷 』
この実現を、今こそ形にする時期に来てると考えるのです
越中の集大成
小生の提唱は、そういった先人達に敬意を表しつつ…、
次の時代へ越中を残して行く
未来に越中を羽ばたかせるものでありたいと…。
それが、

『 富山高岡の軸とした政令指定都市の実現 』
『 地方国〜越中国の復活 』

強い大都市を目指す
東京主導からの脱却
それが新しい越中でありたい
そう小生は思うのです


banner_02.gif
ニックネーム SUMIYA at 09:11| 越中〜政令指定都市